第16回(2009.05.21更新)
氏    名
上田敬博<うえだ たかひろ>
回卒(卒年)
37回卒(平成2年卒)
職    業

医師

プロフィール
(卒後略歴)
99年近畿大学医学部卒業
大阪府立千里救命救急センターレジデント、福岡大学第二内科(循環器科)、神鋼加古川病院循環器科、江戸川病院循環器科を経て08年より兵庫医科大学病院救急災害医学教室(救命救急センター)助教 09年より医局長兼任 日本救急医学会救急専門医 日本DMAT隊員 インフェクションコントロールドクター 
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コ メ ン ト
大濠人として思うこと・・・
当時は頭髪検査が厳しく前髪を引っ張られ、眉についたら不合格という校則?に疑問を持っていました。現在多くの医学生、研修医を指導する立場にありますが、人命を救う最前線では適切で迅速な判断力と強靭な精神力が要求されます。古い言い方ですが若い研修医や医学生らは耐え忍んだり、規則を守ることが非常に弱いですが、私はこの点ではかなり大濠に育てられ今に至り感謝しています。
授業・先生・・・
1年生のときは中野先生によくおおきな物差しで大腿内側をよく殴打され鍛えられました。2年、3年時ははじめての国立理系の生物クラスで担任は山下暢二先生でした。よくTV学園もののドラマで生徒が自分の意見をいうシーンがありますがまさにそういう自由に自分の考えを主張できるクラスでした。自分の意見を言うのが苦手な学生を周りがサポートして卒業のときには克服させることができる開かれた教室でした。そこで高校生活をおくったことはいまも誇りに思います。山下先生の結婚式にクラス全員でサプライズ出演し、涙を誘ったのは忘れられません。
部活動・・・
生徒会生活委員長をしていました。体育祭では企画から練習時の進行まで全て生徒会主導で運営したいと(おそらく生徒さんたちは最後まで気づいてなかったかもしれません)先生に直談判し、それを快く承諾され無事体育祭を成功させることができたのは自信になりました。学生の自主性を重んじるというのはまさにこのことであり、大濠はそういう点では非常にフレキシブル(柔軟)で自由なところがあると思いました。
救命救急医として・・・

最近はTVや映画で見るよりドロドロしているのが現状です。私の専門は循環器で急性心筋梗塞や狭心症で閉塞した冠動脈(心臓の栄養血管)をカテーテルで広げたり、心不全の治療をするのが専門ですが、それだけではなく胃潰瘍や食道静脈瘤による消化管出血の内視鏡的止血術や重症熱症の植皮術も行っており救急ジェネラリストとして頑張っています(いまの専門細分化と逆の方向かもしれません)。教員として医学生への講義を行い、研究は心不全の内分泌的研究を行ったり、心肺停止患者に対する人工心肺装置の有益性の検討を厚生労働省科学研究として他大学の先生と共同研究をしたり最先端の救急医療の進歩・開発にかかわることができ日々充実しています。大規模災害時やテロ発生時には災害医療チーム(DMAT)の医師として対応できるようにしています。
患者のたらいまわしや受け入れ困難など、救急医療は「医師離れ」が深刻化しています。しかし環境さえ整えばやりがいのある素晴らしい職種だと自負しています。今後も一人でも多くの命を救い、守っていけるように日々努力していこうとおもっています。

在 校 生 へ・・・
  大濠の環境の良さは日本でも有数だとおもいます。次のステップに向かって学生生活を充実させてください。あと甲子園に最も近い大学病院で勤めていますので甲子園出場待っています

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