第14回(2007.11.28更新)
氏    名
西山 雅満<にしやま まさみつ>
回卒(卒年)
第15回(昭和43年)
職    業

高等学校教員

プロフィール
(卒後略歴)
昭和43年3月 大濠高校卒業
昭和43年4月 高知大学入学、 昭和47年3月 高知大学卒業
昭和47年4月 福岡県立学校教員に採用
福岡県立築上東高校に赴任
  以後、福岡県立糸島農業高校、県教育委員会に勤務
平成12年4月 福岡県立糸島高校に教頭として赴任。平成16年度より同校校長に
平成18年4月〜 福岡県立福岡講倫館高校(元西福岡高校)に赴任、同校校長
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コ メ ン ト
キラ星のごとく:
学級担任の長谷暢男先生には、コツコツと努力することの貴さを身をもって教えていただいた。教科の先生方はとにかく個性派揃い。キラ星のごとくであった。卒業後の進路決定に大きな影響を受けたのは、次の2名の先生方である。龍先生からは、古文学習の基礎基本を徹底して学んだ。その後の学習の基盤となるものであった。近藤先生には、日本史の醍醐味を囓じらせていただいた。進学に当たって、国文学と史学のいずれを選ぶかずいぶん迷った。結局は、国文学を選び高校の国語科の教員になった。両先生より卒業後便りをいただき激励していただいたことが忘れられない。
懐かしの修学旅行:
『大濠人』に寄稿するに当たり、高校生時のアルバムを繰ってみた。修学旅行の写真がたいへん懐かしかった。大阪・奈良・京都、東京・鎌倉・富士五湖と慌ただしい移動であったに違いない。真っ白に雪を戴いた富士山を背景に澄まし顔の自分がそこに収まっていた。確か2年生の年度末3月の旅であったと思うが、友情を温めたことを昨日のことのように思い出すこととなった。
校舎新築の喜び:

2年生時に新校舎(現在の)が完成した。トイレといえばお寒い限りで、グルット円く囲むように用を足すといった代物であった。水洗トイレなどというものは当時文明の利器である。もの珍しさもあってのことか、トイレットペーパーの留め金を拝借する者もいたようで、注意を喚起する校内放送が流れたのを不思議なことに記憶している。体育館のお披露目に招待された女子高校生の体操服姿に胸をときめかせたのもその頃のことである。

クラス同窓会:
ここ20年ほど続けてクラスの同窓会を開催している。今年は、校舎改築が来年度(6月末予定)から始まるとのことで、我が懐かしの校舎見学を同窓会の日程に組み込んだ。青春の証と対面し、40年前にタイムスリップしたようであった。今後もこの会を重ねていきたいと思っている。
至誠と楽天:
誠実に努力し性急に結果を求めず事の正否は天に任せる、かくありたしと願って至誠と楽天を自戒の言葉としている。現実にはなかなかそうはいかないのだが。
在校生に一言:
利他と利己。世のため人のため、社会に何かしらの貢献をしようと努力すれば、それがひいては自らを鍛えることになり、自分の可能性を見いだしそれを伸ばすことになる。利他と利己は矛盾対立するものではなく、コインの裏表である。
志を抱いて、少しばかりしんどいことに挑み続けてほしい。
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