同窓生活躍しています! 吉浦茂和氏(23回卒・サッカー部OB)
サッカーとは、『子供を大人にし、大人を紳士にする。』スポーツである。

 吉浦茂和氏(23回卒・サッカ部OB)は筑陽学園高校体育科教諭でサッカー部監督を務めている。率いる同部は12月末に開催された第87回全国高校サッカー選手権大会に福岡県代表として宿敵強豪校を降し5年ぶり2度目の出場だった。試合はTV中継や新聞報道で承知のことでしょうが、今大会の一、ニ回戦とも見事な完封勝利だったが、三回戦は両チームともディフェンスが相手フォワードを徹底マークして、互いに失点を許さない手に汗する競り合いで、0−0のまま主審の試合終了を告げるホイッスルが鳴った。そして、決着をつけるPK戦を2−4として本当に惜しい4回戦進出を逃した。しかし、県代表としての立派な戦いぶりに惜しみない拍手が観覧席から贈られていた。 よく戦った! ご苦労さんでした。なお、5年前は初出場で見事に準優勝に輝いている。

 吉浦監督は、在校当時のこと、「2年の修学旅行は静岡の宿での出来事で、翌日はグループ謹慎を命じられて外出禁止だった。期待し楽しみにしていた東京見物が出来なかった。その日宿では村井先生から直々に諭された。先生も見物することが出来ずに迷惑をかけてしまった。また、個性派のある先生からは机上にタオルをひろげて緊張した授業を受けていた。(追求しないで!) また、当時は校章を付けた制帽を被っていた時代だったが、毎日必ずカバンに放り込んで通学し校門を通る時だけ頭に載せて登下校していた。さらに、母校での教育実習は卒業生としての実習生を認めていただき、実習担当先生だった千葉先生には面倒を看ていただいたこと等が忘れられない。今振り返ると、男子校の3ヵ年は自分の人生での有意義な“大濠の青春”時代だった。本当に忘れることが出来ない」など懐かしく回顧して話していただいた。当時サッカー部の成績は3年次に県大会初のベスト4、また、個人的には2年3年次に国体の茨城県水戸市と奈良県の大会に選出され出場した。 

社会人となってからは、実業団チーム“フジタ工業”へ入社当然サッカー部でFWの10年間、その間に天皇杯準優勝2回、日本リーグ優勝1回、個人では日本代表Bグループの代表入りも経験している。「体が小さいので兎に角“反応の素早い”プレーにこだわった。好きなサッカーをいまだに通算32年間もサッカー界で働かせていただいている。 ありがたいことです。」筑陽学園高校サッカー部は部員117名の大所帯。毎日“イモの子”を洗うように全部員がところ狭しとグランドを駆け廻っている。就任して21年目の同監督は「同じ経験を、公平に、サッカーをやりたいと入部してきた部員にサッカーを嫌いにさせたくない。今年の目標は『サッカーで“勝つだけが”ではない』のだ。『人間性が育てられれば・・・』とグランドで全部員の練習を看まもりながら、必要なときに必要なことを部員に声かけています。少し狭いところで練習することも現在の少年達には鍛錬の場となります。さらに、各部員にはどのポジションが適しているかなど全部員が見えてきます。」と日頃の部活取り組みを話していただいた。
    
さらに、当日同校の理科教諭を務められている宮崎政之氏(36回卒)にも、同学園庭で“バッタリ”お会いできた。吉浦監督は「なにか不思議な縁を感じるなー、同窓生「大濠人」の匂いがしたのかも?」とつぶやかれた。宮崎先生は「当時数学の家宇治先生(現大濠中高の校長)に厳しく教えていただいたことが現在大いに役立っています。(よく指し棒で・・・、追求しないで!)」と述懐された。

同窓生「大濠人」ご両人のこれからの益々のご活躍を祈り、取材させていただいたお礼とさせて頂きます。 ありがとうございました。

 


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